「五感を刺激する園舎に」と言うと、カラフルな内装や、音の出る仕掛けを想像されるかもしれません。
私たちの考えは少し違います。刺激とは、情報を増やすことではなく、こどもが違いに気づけるようにすることだと考えています。
乳幼児期は、感覚が先に育つ
こどもは、言葉を覚えるより前から世界を受け取っています。
手で触ったときの温度。床を歩いたときの硬さ。窓から入る光のまぶしさ。給食の匂い。
言葉で説明できるようになるのは、ずっとあとです。それまでのあいだ、こどもは感覚だけで「これはどういうものか」を確かめ続けています。
このころに触れたものの幅が、そのまま感じる力の幅になっていきます。
だから園舎では、感覚に触れるものの種類を大切にします。見た目の美しさだけで素材を選ばないのは、そのためです。
「気づける」ことが、感じる力を育てる
壁一面に色があると、こどもはその一つひとつを見なくなります。音が常に鳴っていると、音を聞き分けなくなります。
情報が多すぎる環境では、感覚は働きを止めます。守るために、鈍くなるのです。
静かな面があるから、そこに落ちた影の形に気づきます。音の少ない時間があるから、雨の音に気づきます。
「あ、変わった」と気づく瞬間。この気づきこそが、感じる力を育てていると考えています。
気づくためには、余地が要ります。私たちが余白や静けさを大切にするのは、こどもの感覚を働かせるためです。
五感は、別々には働かない
雨の日の園庭を思い浮かべてください。
雨の音がします。濡れた土の匂いがします。空気は少し冷たく、光は弱く、水たまりに映る景色が揺れています。
こどものなかでは、これらがひとつの体験になります。音だけ、匂いだけ、ということはありません。
複数の感覚が同時に届くから、記憶に深く残ります。あとから雨の匂いを嗅いだときに、あの日のことを思い出す。そういう結びつき方をします。
だから私たちは、感覚への工夫を一箇所にまとめません。光の入る場所、音が変わる場所、手触りの違う場所を、園舎のあちこちに散らしておきます。
こどもが移動するたびに、感じるものが少しずつ変わる。その積み重ねが体験の厚みになります。
感覚の記憶は、あとから効いてくる
こどものころに過ごした場所のことを、大人になってから思い出すことがあります。
覚えているのは、たいてい細かいことです。廊下の木の匂い。夏の午後の光の色。給食の食器がぶつかる音。
言葉になる前に受け取ったものは、言葉より深いところに残ります。何年も経ってから、似た匂いや光に出会ったときに、まとめて戻ってくる。
私たちが園舎を設計するとき、この時間の長さを意識しています。
こどもがここで過ごすのは数年です。けれど、その数年で受け取った感覚は、その後ずっと持っていくものになります。
だから、安く早く仕上げられる素材だけで組むことはしません。触れるところ、目に入るところには、時間に耐えるものを選びます。
手触りの違うものを、混ぜる
木、土、布、金属、石、タイル。触ったときの温度も硬さも違います。
違うものが隣り合っているだけで、こどもの手は自然に伸びます。特別な仕掛けは要りません。
同じ木でも、削り方や仕上げで感触は変わります。ざらざらとつるつるが並んでいれば、こどもは何度も撫でて確かめます。
素材を選ぶときは、見た目だけでなく、触ったときに何が伝わるかで決めています。
光・音・におい・味
光は時間で動きます。朝と夕方で床の色が変わり、影の長さが変わります。
その変化は、こどもに時間の流れを教えます。時計を読めなくても、光の色で夕方が近いことが分かるようになります。
音は、響きすぎても消えすぎてもうまくいきません。声が反響しすぎると、こどもは大きな声を出すようになり、室内はさらに騒がしくなります。
吸音と反射のバランスを整えて、普通の声が届く部屋にします。落ち着いて話せる環境は、こどもの言葉の育ちにも関わります。
においは配置で決まります。給食室の匂いが保育室まで届けば、食事の時間が近いことが体で分かります。待ち遠しくなる時間が生まれます。
味わう場所は、少し特別にします。食べるところに光が入るだけで、食事の時間の印象は変わります。
ひとつの工夫に、二つ以上の役割を持たせる
感覚への工夫は、それだけで完結させません。
ベンチは収納にもなります。段差は舞台にもなります。開口は光を入れながら、隣を見通す窓にもなります。
限られた面積とご予算のなかで、感覚に効くものが使い勝手も良くする。そこまで考えて形にします。
働く先生と、預ける保護者にとって
音の環境は、こどもより先に保育士の疲れに出ます。一日中そこで過ごす人の負担を軽くすることは、設計の役割です。
- 声が通り、反響しすぎない室内
- 触りたくなる素材と、掃除しやすい素材の使い分け
- においがこもらない換気の計画
こどものための環境が、働く人の負担になっては続きません。両立するところまでを設計と考えています。
私たちが目指していること
派手な仕掛けは、最初は喜ばれます。ただ、こどもは思ったより早く慣れます。
慣れたあとにも残るのは、光の変化や、手触りや、季節ごとに変わる匂いのような、静かなものです。
毎日通う場所だからこそ、こどもが小さな変化に気づける園舎でありたいと考えています。