先生とこども、こどもどうし、保護者と先生。園舎と園庭、保育室と保育室。
つながりのある園舎とは、こうした関係が視界のなかにある建物のことだと考えています。
こどもは、人との関わりの中で育ちます。その関わりが生まれるかどうかは、空間の形にかなり左右されます。
年齢の違うこどもが、視界に入る
年齢ごとに部屋を完全に分けると、管理はしやすくなります。
ただ、同時に消えてしまうものがあります。
小さい子にとって、少し年上の子は憧れの対象です。あんなふうに登りたい、あんなふうに話したい。真似したい相手が見えていることが、育ちの原動力になります。
大きい子にとっては、小さい子の存在が自分の成長を教えてくれます。前はできなかったことが、今はできる。世話をしてあげられる。
誰かの役に立てたという経験は、自分への信頼につながっていきます。
この機会は、保育の時間割からではなく、日常の視界の中から生まれます。だから壁を全部立てるのではなく、どこを抜くかを設計で決めます。
見えていることが、関わりの入口になる
こどもが他のクラスの子と遊び始めるきっかけは、多くの場合「見えたから」です。
何か面白そうなことをしている。楽しそうな声がする。行ってみようと思う。
視線が抜けているだけで、この入口が生まれます。特別な交流の時間を設けなくても、日常の中で関わりが起きます。
大人も同じです。隣の保育室の様子が見えれば、声をかけやすくなります。手が足りないことに気づきやすくなります。
室内と外を、段差でも心理でも切らない
保育室と園庭のあいだに大きな段差があると、外に出ることが「行事」になります。
準備をして、並んで、みんなで出る。それでは、こどもが「今、外に行きたい」と思ったときに動けません。
段差を抑え、掃き出しの開口にし、軒下やテラスという中間の場所をつくる。それだけで、こどもは自分の判断で外に出ます。
外に出ることが特別でなくなること。室内と外を行き来しながら遊べること。この連続性が、こどもの遊びを豊かにすると考えています。
保育室どうしを、ゆるくつなぐ
保育室を完全に閉じるか、大きく開くか。この二択で考えないようにしています。
間の壁を全部なくすと、音が混ざって落ち着かなくなります。かといって閉じきると、隣の存在が消えます。
だから、上部だけを抜く。腰から下は閉じて、視線だけ通す。引き戸で開け閉めを選べるようにする。こうした中間の状態をつくります。
行事のときは開いて広く使い、普段は閉じて落ち着いた空間にする。園の使い方に合わせて変えられることが大切だと考えています。
つながりの強さを、あとから調整できること。それも設計に含まれます。
先生の視線が届くことは、安心になる
こどもは、大人に見られていることを負担に感じるときもあれば、安心の材料にするときもあります。
離れた場所で遊んでいても、ふと顔を上げたときに先生が見えること。それだけで、こどもは安心して遊びに戻れます。
見守られている感覚があるから、思いきり遊べます。逆に、誰からも見えない場所ばかりだと、こどもは落ち着きません。
保育室から園庭が見えること、廊下から中が見えること。こうした視線のつながりは、安全のためだけの工夫ではありません。こどもの安心のための工夫でもあります。
保護者と先生が話す姿を、こどもは見ている
送り迎えのとき、保護者と先生が言葉を交わします。
その様子を、こどもは見ています。自分のことを話しているのが分かります。大人たちが自分を大事にしていることが伝わります。
玄関まわりに少し立ち止まれる場所があるだけで、この会話は生まれやすくなります。逆に、動線が狭くて滞在できない玄関では、挨拶だけで終わってしまいます。
保護者と園がつながることは、こどもにとっての安心にもつながっています。
つながりすぎない場所も、同時に要る
すべてがつながった園舎は、落ち着きません。
視線が抜けるということは、常に見られているということでもあります。こどもにも、一人になれる隅が必要です。
友達とうまくいかなかったとき。少し疲れたとき。ただ静かにしていたいとき。
小さくてもいいので、こもれる場所を用意します。棚の裏、階段の下、窓辺のくぼみ。そこにいることを大人が把握できる範囲で、視線から少し外れられる場所をつくります。
音も同じです。つながりを取りながら、隣の声が響きすぎないところで止める。この加減を、部屋ごとに決めていきます。
働く先生と、預ける保護者にとって
- 送迎のときに、園の様子が自然に目に入ること。これが保護者の安心につながります
- 保育室どうしが見えると、職員間の連携も取りやすくなります
- 一方で、視線が通りすぎて落ち着かない場所をつくらないこと
つながりの設計は、こどものためだけのものではありません。そこにいる全員の距離感を決める作業です。
私たちが目指していること
つながりは、多ければ良いというものではありません。
見えたほうがいい場所と、見えないほうがいい場所。行き来しやすいほうがいい場所と、少し離しておくほうがいい場所。
その組み合わせを園ごとに考えることが、私たちの仕事だと思っています。